今現在何をしてるかと頭の中の集積。

日記16は、手違いで消失してしまったので、絵だけ載せておこう。

井上真花さんが消失した文章を送ってくれたので、絵のファイルNoと照合して復活しました。
ありがと〜。(2010/08/30)しかしこんなつまらん文章を、保存してくれてるってすごい!

2009/02/02(月)

■ホームレス

浮浪者というか、路上生活者が事務所の近くにいる。
年齢不詳だが55歳以上であろうと思われる。夏の間はよかったが、最近寒くなってきたのでちょっと心配だ。
1人1万2000円の定額給付金は、彼はもらえない。

2009/01/27(火)

■出版社

「くだらない雑誌が多すぎる」という声がある。
俺の仕事のエロ漫画などくだらない分野の筆頭ということだろうが、「くだらなくないと売れない」状況は確かにある。
出版社も、誇り高い理想を掲げた設立当初の意気込みもどこへやら、エロや流行に忙しい。
文庫本の後ろに載ってる「発刊に際して」の文章が哀しい。

2009/01/05(月)

■仕事始め

来るものが来なかったり、予定が変わったり、ファイルが開けなかったり、波に乗り損なった仕事始め。
すっかりやる気がなくなったTHE SEIJI。

■最新型カラーコピー

リースなのだが、年末に新型に変更。起動が早く、スキャナー機能追加、A3の600dpiが2秒くらいでとれる。
←設定がいろいろあってなんとなく柔らかくとれたり。これで面倒なスキャン作業がビックリ効率化できた。コストもそれ程変わらない上にトナーは無料。コピー機はホントに進化するのでいつも最先端のリース契約が良い様で。

2009/01/04(日)

■年始始動

やっぱり事務所に出勤しないとやる気がしない。家に仕事を持って帰っていたのだがまったく何もしなかった。おせちと酒と餅と炬燵とTVが揃えば仕事どころではない。昨日準備運動、今日から仕事だ。仕事にかからないと一日が充実しない、と偉そうに言いたいところだが明日締め切りがあるのだ。やはり漫画家、締め切りが無いと全く動けません。

 

2009/01/03(土)

■今年

丑年なので今年は年男だが、2009年とはなんとも中途半端だなぁ。今年日本は経済的には最低の年になりそうだが、一介の漫画家にはあまり影響はないと思われる。まだ仕事があるので淡々と描くだけだ。

俺のような中途半端な漫画家は、できるだけ多くの出版社といい関係でいること大切だ。中小の動きのいい出版社がいい。中小出版社には面白い癖のある編集が多いし、なんとなく後ろめたそうな、出版をやくざな仕事と認識してる感じが好きなのだ。出版業は製造業でもサービス業でも社会的事業でもない。実は中途半端な虚ろな業種なのだ。そこが俺に合っている。大手は、大企業の矜持があって、虚業をやってるという後ろめたさが無い。大手は向こうもこっちも必要としていないので俺には関係ないのである。

気の合った編集や漫画家と馬鹿馬鹿しい話をしながら朝まで呑むのが何より面白い。というわけで今年もS画報とA田書店の新年会が大いに楽しみだ。J日本社やH文社が混じるともっとおもろくなるんだけどな〜。とにかく漫力をやめたので上京は久しぶり。

2008/12/30(火)

■『禅とオートバイ修理技術』

禅と…オートバイ修理技術…だと?俺のためにあるような本ではないか。しかも120社の出版社に出版を拒否された挙句、いざ出版してみると500万部のベストセラーだと?読まないわけにはいかないではないか。で、読んでみた。

結果、実に面白かった。

いろいろ賛辞の書評が出ているので、詳しくは書かない。が、思うことひとつ。西洋人というのは禅の精神を理解するのにかくもややこしい手続きを経なければならないのか?しかもこの人、座っていない。座らなければ永遠に分からないことを座らずに頭で考えて、結果壊れてしまっているのだ。頭がよすぎる馬鹿としか言い様が無い。字ずらでは禅の真髄を理解しているように読めるが、この人多分腹では全く理解できていない。一番悪い禅へのアプローチである。

でもおもしろい。その壊れ方が面白いのだ。
哲学書なのでバイクにしか興味が無い人にはお勧めできまへん。


■最後に風邪ひいた

2008年、最後の最後に風邪ひいた。年越しになりそうだ。
芙蓉(蓮の花)は寒さに耐えられない。俺のことではなくベッピンさんもその美貌は長くは持たないという事です。

 

2008/12/28(日)

■大阪活性化計画

ゴミの分別などしなくても最新鋭の焼却設備がすべてを焼き払い、街中が灰皿でゴミ箱で駐車場で駐輪場で路上生活者であふれる理想的な街、そんな大阪を希望する。大阪が活性化しないのは自由がなくなってきたからだ。違法駐車が多すぎて救急自動車が通れないのは、大阪市内ではない。枚方や寝屋川、八尾の入り組んだ上に行き止まりの細い道が入り組んでいる衛星都市だ。御堂筋はライトアップなどする前に違法駐車OKにしてしまえばいい。片道3車線もあるのだから多少駐車したところで救急自動車は問題なく通れるではないか。どこでもただで停められれば、沿線の商店は軒並み活性化する。繁華街のバイク自転車もしかりで、少しでも停めたら持っていかれるガチガチの規制都市ではまったくどこにも行く気がなくなってしまう。人の移動がなければ都市の活性化はありえない。車もバイクもこんな社会では買う気にならないのは当然だ。

ゴミにしても粗大ゴミも生ゴミもでっかいゴミ収集場所を決めて捨ててしまえばいいのだ。使えるものは路上生活者でなくても俺のように拾って持って帰る者が必ずいるし、それをヤフオクに出せばそれだけで経済が回る。処分費用を出して燃やすよりその方がよほどましだ。少し前まで四条畷がそうだったので、経済大国日本を象徴する豪華ゴミの再分配場と化していたではないか。ゴミの分別はまったく意味がないので、価値のなくなったものだけ強力火力で焼却すればすべてなくなる。(燃やすと温暖化が促進されるとか言ってる奴は読まなくていい)

路上生活者の居場所を規制せずに街中に解放する事も大事だ。彼らは街の厄介者ではなく掃除屋として積極的に働いてもらえばいい。金属や使える物は路上生活者青空市を開いて換金する。最近は路上生活者も身奇麗になってきたから、夏に異臭を発する者だけ強制的に風呂に入れて消臭すればいい。臭いさえなければ彼らの存在はなんら問題ない。コンビニ等の賞味期限切れの食料は路上生活者に分配し、処分してもらう。煙草のポイ捨てはもちろんOKだ。路上生活者のニコチンはそれで十分補充され、灰皿も不要だ。これだけで大阪は活性化して税収は増え支出は抑えられる。

つまり行政はつまらん事ばかりして税金を無駄に消費しているだけなのだ。行政は基本的に何もしなくていい。市民に自由にやってくれと言うだけでいいのだ。府庁を港の方に移すなど論外の話だ。なるほど地図で見れば関西の真ん中はあそこかもしれないが、交通アクセスを考えたら辺境ではないか。どうせそれに付随するくだらん公園や遊歩道にまた莫大な金がかかるのだ。おまけに御堂筋を何億もかけてライトアップ?あの知事は頭悪いのではないか?

昔の天王寺公園を知っている人はこの意見に納得してくれるはずだ。昔あそこは緑にあふれ路上生活者の天国だった。もちろん市民の憩いの場でもあり美術館があり動物園があり人であふれていた。が、行政が柵を作り路上生活者を追い出し、土の地面をタイル張りにしてあろうことか入場料を取り始めた。結果は現状だ。まったく人が行かなくなった。美術館もよほどいい企画展(かなり昔だが最近ではフェルメール展)がないと俺ですら行かない。あそこに行く度に税金を払う気がまったくなくなってしまうからだ。市内に寝そべれる空間を作らずして何を作ると言うのか。行政はもう土をタイルで覆い、樹脂でできたくだらんオブジェを置くことから卒業しろと言いたい。岸をコンクリで固めて鉄砲水に驚いてるくらいなら川も護岸工事をするな、もう何もするな、そして税金を返せ。大阪は基本的にはどて焼きなのだ。すべてがごった煮で訳が分からなくなってるくらいで丁度いいのだ。シャネルの前で路上生活者がテントを張っているのがあるべき本来の姿で、気取ってる奴は神戸に買いに行ったらいい。

2008/12/23(水)

■忘年会

呑んで唄ってドンちゃん騒ぎ。終って地上に出たら明るかった。バーで呑むと全く知らない人とドンちゃん出来るのは俺の得意技。

 

■来年

来年の目標が決まった。別に今からでもいいのだが

「中途半端にのらりくらりなんとか過ごす」

線を閉じない。拾ってきたガラクタがただ置いてある。斜めにする。封筒を半分開けて、隙間から読める分だけ読む。逆さにする。意味を思わない。隙間を空けておく。6割くらいにしておく。AMラジオを垂れ流しておく。でもそこにいる。熱くも冷たくもならない。夕陽を見ながら一服する。握力を弱める。あごを上げる。ふらふらしつつ落ちない程度にバランスをとる。本は3冊くらい並行して読む。つねに全てをちょっとづつ一点に集中し過ぎない。上手くいったらラッキーだが、全てが上手くかもしれないと期待しない。中途にして財布をもって外に出る。犬の話を面白く聞く。ペンを強く握らない。深く呼吸する。なんとか今日も生きている。

わからん?俺もわからん。
努力逆転の法則(努力すればするほど悪くなるの法則)、完全主義、潔癖主義、自己反省、大儀、正義、まぁこんなものの反対です。

2008/12/18(木)

●よく分からないのだが

仕事とともに住まいを失うというわけで、「派遣社員を切るな」という主張がまかり通っているが、企業にとって派遣社員というのは、不況時に人員整理できる事が最大のメリットだったのではないのか?小泉さんがあらゆる業種で派遣社員が使えるようにした時から、こうなることは分かっていたはずだ。いざ不況で切られる段階になって労働組合がワァワァ言ってるのは何か変ではないか?

我々自営業は、「仕事を切るな!」と言って行く場所すらない。仕事がなくなっても、金を貸す銀行はないし、権利を守るために運動してくれる労働組合もない。つまり自営業に比べたら、世間が騒いでくれる分、派遣社員はまだ恵まれていると言っていい。マスコミも派遣社員がいかに苦しいかはバンバン報道するが、親父さんが一人で頑張っている中小自営業者はほとんど報道されない。どちらかと言われたら、資金繰りの悪化が即倒産につながる自営業の方が悲惨なはずだ。

介護の現場では、猛烈な人手不足にあえいでいるらしい。結局、派遣労働者は仕事を選んでいるのだと思うのだが、間違ってます?

 

●というわけで

今日はアシさんに感謝して、彼らが卒業した専門学校の先生達と合同忘年会だ。
全ての仕事を放棄して呑みに行こう。

2008/12/18(木)

●今年総括

にはまだ早いけど、年末になっても変わらないと思うので今書く。

今年は面白い年だった。アルバイト的に始めた仕事(もちろん漫画)が、本業をはるかに凌駕しほとんどメインになった。優秀なアシスタントが2人も入ってくれて、3馬力どころか、5馬力くらいになったような気がする。今まで背景を人に任すという経験があまりなかったので、(漫画家何年やってるんだと言われそうだが)アシスタントの重要性を再認識した。で、その仕事はやたら面白いので、多分来年も続くと思われる。量産体制が整ってきたという事は精神的な安定にもつながって、今年は仕事的には何の問題もなく終われそうだ。

健康もさして問題ない。煙草の吸い過ぎと、やたら眠いことくらいだ。特筆すべきは性欲の減退だが、エロ漫画はまた別物なのでこれもさして問題ない。バイク事故も現時点では大きなものはない。

問題があるとしたら、忙しすぎて、本が読めなかったりツーリングに行けなかったりしたことだが、今年の後半になって景気が頗る悪化したので、贅沢は言っていられない。

仕事のあるうちにさせていただきます。

●許せる人
 
ファンというのは勝手なもので、「この作品は彼本来のものとは違う」とか「彼にはこんな事をして欲しくなかった」とか、いろいろ文句を言う。ファンとしてその対象に対して自分好みを押し付けてしまうのである。石嶺聡子にはラテンのリズムではなく日本的女心を歌っていて欲しかったし、堀ちえみはいつまでも俺の中ではアイドルなので母親というキャラは外していただきたい。

しかし逆に、どんなことをしても許してしまう対象もいる。
俺が全面的に許せるのは「矢沢永吉」と「たむらぱん」。この2人はどんなことをしてもいいし、どんな作品を作っても絶対的に支持する。そしてそれらに金を払う。これは理屈ではない、完全崇拝の宗教のようなものだ。
と、矢沢祭りの無い年末に想う。

2008/12/06(土)

■寒中バイク

夜中の2時半頃、仕事をやめたので今から帰るのだが、都心でこの気温ということは地元の橋は完全に凍結している。生きていたら明日また会おう!

2008/11/28(金)

■情報のシャットダウン

現在の情報があまりにもくだらないものが多いので、ある程度情報を切ってしまうことは有用なことだ。掲示板の「に」さんの様に、「新聞もテレビも車も無い、一日中AMラジオが流れてる」 という状況にしてしまうのだ。実際俺も新聞をとっていないが、一般的な情報という点では何の支障もない。AMラジオをつけているとNHKなど1時間ごとにNEWSを流してくれる。それがなくても重大NEWSはなんとなく耳に入ってくるものだ。

兄は小説家だが、携帯電話を持っていない。かけたいこっちは不便なのだが、よく考えたら緊急時以外は携帯で連絡を取らねばならないようなことは一切ない。自分は不規則な生活をしているので、携帯はどこでも打ち合わせができるという点と、携帯漫画を描いているので商売道具という点で、持たないわけにはいかないが、兄のポリシーはよく理解できる。彼はできるだけ静かにものを考えたいのだ。

情報が多すぎるという事の一番の問題は、「何にも集中していない」という事に尽きるのではないかと思う。ちなみにTVとNETを両方つけてFMで音楽を流していると自分の存在がなくなるような気がする。実は情報を浴びているようで何の情報にも無反応になり、深く入り込めていないのだ。
すべてを消してみるとその差異がはっきり分かる。積極的に情報を取りにいく姿勢に自分が変わるからだ。情報を一方的に受けるだけの時には、断言する、何も生み出せない。

2008/11/22(土)

■嫌いな歌詞

「翼広げ」
「羽ばたいて」
「扉開けて」
「飛び出そう」
「あきらめないで」
「夢に向かって」
「歩いていこう」

これらの言葉が入っているだけで、生理的な嫌悪感が走る。嘘臭い上に、具体性に欠けるではないか。翼はないし、どこの扉からどこに飛び出すのか、夢とやらがどの方向にあるのかどこに向かって歩けばいいのかさっぱり分からない。
最終責任は取らないで、抽象的な希望を提示するだけの歌詞が多すぎる。「なんとなく未来が明るそうな雰囲気の歌を作っておけば馬鹿が感動して買うだろう」という作為を感じる。

「翼閉じて扉閉めて夢あきらめてひきこもろう」
これが現実だ。

■TV

くだらない番組を観てるくらいなら、牛の一日を観ている方がましだ。
作為的な編集がほとんどない、しかも大しドラマも起こらないドキュメンタリィ
「ある定年退職者 鈴木源三郎(65)のパチンコ人生」とか
「場末の定食屋 味よし の廃業」とか、そんな奴がいい。
押し付けがましいコメントも答えもいらない。

最近ニュースもつまらない。演出が過ぎるし、コメンテーターも不要だ。作り物はホトホト飽きてきた。それにしてもどうしてこうも、どのチャンネルも同じものを垂れ流しているのだろう。
まるでエロ漫画業界じゃないか。

2008/11/16(日)

■俺の餌

「口角泡して議論する」こんな事は全く無くなってしまった。
若い頃は、実にくだらないことでよく議論してたような気がするが、とんとしなくなった。
「人と争いたくない」という風潮をなんとなく感じるので、みんな議論を避けているのかもしれない。

時々そんな俺の餌食になるのが、営業マンだ。
彼らは、飛び込みで入ってくるので、まさに「飛んで火に入る夏の虫」

前にコピー機を押し売りに来た営業マンがいたが、「どうして俺が君とこの機械を買わないか、分かるか?」
みたいな話から始まって、延々といかに彼が営業に向いていないかを説得してやると、
ついには「転職」を口にするまで追い詰めた事がある。
こんな時、相手を論破したような気になって、ちょっとスッキリするという悪い癖が俺にはある。

しかし一番の好物は、宗教勧誘だ。
最近この好物に遭遇していないので、ちょっと物足らない。
創価学会でも立正佼成会でもアーレフでもいいから誰か勧誘に来てくれないかなぁ。

 

2008/11/15(土)

■かわいらしいPC

ASUSってメーカーの、EeePC4Gを買う。29000円。
もっぱら漫画製作の机の上で、ふと浮かんだ文字を打つ目的で一番安い奴を買った。
いちいちSDで保存するのが面倒なので、事務所のデスクトップにつないだら(ZENの監修F氏に教えてもらう)なんかしらんがNETもできるようになった。ほにゃ〜〜〜、こんなに小さいのにNETにもつながるとはっ!しかし結局漫画机でNETができるという危険な状態に陥ることになってしまったわい。

しかもウイルスバスターを入れたら、4GのHDDはパンパンになってしまった。
こんなことなら8Gにしたらよかったかな〜。細部のつくりは多少ぞんざいだが、文字はたいへん打ちやすい。
このくらいの大きさが俺にはぴったりだ。

 

2008/11/08(土)

■眠い

人間の生活サイクルは25時間らしいので、どうしても地球の回転とずれてくるらしい。その周期が来ているのか、気温のせいなのか低気圧のせいなのか、最近激しく眠い。

で、眠いときには寝るようにしているので、しょっちゅう事務所の中で寝ている。
眠い時に起きていても、能率がまったく上がらないし全然意味が無いので、寝るのが最良唯一の解決策だ。

俺が会社員として勤まらなかったのは、いろいろ理由はあるけど生理的にはこの一点、眠い時に寝れないということに尽きる。

この点だけでも世の勤め人には頭が下がる。どうしてみんな決められた時間を起きていられるのか不思議で仕方が無い。

2008/11/07(金)

■客観的に自分がどう見えてるかについて

35 歳くらいを境に、考えないようになった。それまではかなり自意識過剰で、電車に乗ってても落ち着かなかったのであるが、すっかりどうでもよくなってきたのが35歳くらい。明らかな「老い」の意識に目覚めたせいかもしれない。とにかく若い時に出来ていた事が出来なくなったり、チン毛に白髪が混じってきたりすると、これはもう自分の力ではどうしようもないと思わざるを得ない。
するとその時の選択肢は2つしかない。「老いないように努力する」か「諦める」かだ。

すぐに諦めた。ヨガだのジムだのエステだのヒアルロンサンだのコラーゲンだの豊頬手術だの皺伸ばしだのをやりまくって老いに抵抗する気力も資金も必要性もまったくなかったからだ。老いに対して無抵抗でいると、次第に人の目がどうでもよくなってくる。飛び切り華美でもなく汚くもしていなければ、ごくごく普通にモノトーンと化し風景に溶け込んでしまえるのだ。

そんなこんなであと2年とちょっとで50歳になるわけだが、この辺の自意識がなくなってくると、すなわちとても「楽」である。もともとファッションとかにも興味が無いので、服もしまむらがメインだし、アクセサリーもつけないし、時計も10年位前に買ったオメガで完全に満足している。毎年流行を追いかけている人を見ると「なんてご苦労なことだ」と思ってこっちが疲れてしまうくらいだ。「俺のことなど誰も見ていないし、見ないでね。」街の中で黒子(くろこ)と化すのが理想だ。

2008/11/06(木)

■平和

国際問題のことではない。我が仕事場のことだ。今は専属アシさんが2人で、どちらも男である。俺と合わせて男3人だ。俺も気を使うこともなく助平な話ができるし、アシさんたちはあきれながらも話を聞いてくれるし、仕事もよくやってくれて何の問題も無く、平和な日々を送っている。

で、よく話をするのだが、ここにかわいらしい女のアシさんが1人入ったら、この平和はたちまち崩れて、職場はいろいろな種類の緊張感に包まれてしまうだろうということだ。

つまりそのアシさんはかわいらしいので、男3人は当然意識し始めるのである。
かわいい異性に対してよく思われたいというのは、動物の本性である。別段いやらしいスケベ心でなくてもかわいい異分子に対しては様々な思惑が噴出する。つまらん所でエエカッコしたり、無理に頑張りを見せてみたり、不自然な男気をひけらかしたりせざるを得ないのである。で、全く無意味な男達の競争が勃発。その女のアシさんが例え外部に彼氏がいようがそんなことには関係なく不自然な男気合戦が始まるのである。

かわいくても困るし、そうでなかったらそれもまた困るので、能力にかかわらずウチでは永遠に女性アシは雇わないのである。