カテゴリー別アーカイブ: 仏教・宗教

『2018.05.26 仏教の三毒が的確すぎる。』

金欲しい、美味いもん食いたい、もっと寝たい、彼女欲しい、人からよく見られたいという欲望の5つの心が貪欲(とんよく)。その欲望を邪魔された時に湧き上がる怒りの心が瞋恚(しんに)。結局そんな事繰り返してても人生うまく行かないので人を嫉妬し始めるその心が愚痴(ぐち)

仏教の三毒が的確すぎてぐうの音も出ない。もう悟れそうにない俺などは結局死ぬまでこんな事繰り返すんだろうな。まぁでもそれでいいのではないかと思っておりますが。

 

『2018.04.28 不許葷酒入山門。』

仏教では出家者に酒は厳禁です。「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず」臭いニンニクや酒を飲んだものは山門には入れない事になっております。しかし仏教にはいろんな宗派があり真言宗など修行の厳しい宗門はともかく浄土真宗など酒も女も自由なようで、まぁ実際はどこの宗派も般若湯などと称して結構適当に飲んだりしてるようです。酒と女に本当に厳しいのは芸能界だったりするのかもしれませんな。

【良かったこと】
昨日の酒が旨かったこと。
昼寝がめっちゃ気持ちよかったこと。
美笹のゆが450円だったこと。

 

『2018.04.07 絵日記 日常。』

平凡と言われましょうが、弾が飛び交う戦場でもなく波荒れ狂う甲板の上でもなく死刑執行を待つ折の中でもなく、おだやかな春が匂うこの土地で淡々と日常を過ごせるという事、これは歴史的にも地理的にも奇跡に近いたぐいまれな幸せに違いない。

しょうもない見栄さえはらなければ、この幸せだけで十分人生楽しめる。お金も一日まぁ2千円もあれば文句なしだ。

 

『2018.01.22 聴聞。』

糞坊主の説法など退屈なだけだが「仏教は聴聞に極まる」などと言う。
もし「聴聞」が、坊主の説法を黙って聴けという事なら、それは思考停止の教義の押し付け。つまりは洗脳でしかないから逃げるが勝ちだ。

これは多分説法の事ではなくて、座禅とかしてると聞こえてくる、自然が奏でる色んな音の事だと思う。ことに雨や雪や霧や靄などしっとり湿気てる音は、柔らかくて全身に心地いい。じっくり聴いていると体の各部のいろんな感覚がゆっくり開いてきて、毛穴を通じて外と同化するようななんかそんな感じになってくるやつだ。

 

 

『2017.12.29 森の神様。』

台所には三宝荒神、トイレには烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)どこにも神様がいてはるのだが、日本を覆う山や森にもその土地土地の神様がいる。時々自然に入るとぼんやり感じるんだけど、それは西洋の妖精みたいに小さく可愛かったりブロッケン現象みたいに巨大だったりとりとめない。でも存在は、してはる。

 

『清児(せちご)の湯。』

銭湯なのに天然温泉で露天とか泡風呂とかあるのに440円ですごいお得感。
この「ゆ」の電飾がステキ。最近下の方が消えてて残念だけどバリイさんも赤く染まる。

清児とは、僧行基が観音菩薩を求めてこの地を訪れた時に、道案内してくれたり餅くれたりした子供たちに「何と清らかな児らよ」と言うたのが起源とか。名前としては「せいじ」とも読むようで親しみ。

この辺いろいろスーパー銭湯あれども、結局はここに落ち着く。ちょっとだけ貧乏くさいところが肌に合ういい風呂屋。

 

『健康だったためしがない。』

the-seiji-pen-and-ink-drawing-fish2生老病死一切皆苦、人間生きてる事は苦そのもの。仏教的にはこの生きてる苦しみから逃れるために修業するか仏にすがるかしろという事なんだけど、確かに人生は苦痛で満ちている。

どこも悪くないすばらしい健康と、どの部位もぴちぴちツヤツヤの美しさと、どこまでも走り続ける体力と、何もかも即決判断できる明晰な頭脳なんてものは、持てたとしても一生の中の一瞬だけで、残りの人生は、ままならない病気と、衰えていく美と、動かない体と、回らない頭を抱えて騙し騙し生きていく事になる。

持病とか別にないんだが、ちょっと湿疹とかできただけで暗い気分になってしまう。ほんとに今までの一生、厳密には病気でなかったことが無いからな。ほとほと人間とは生きにくい生物だ。

 

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『烏枢沙摩明王(うすさまみんにょう) かまぼこ型に油絵具で描く。』

何かが入ってたかまぼこ型の容器に粘土を詰めて乾燥させて、上にガーゼ貼る。sew307
その上にまた粘土を刷り込んでから、下地にまた方解末メディウムで溶いたやつ塗る。sew308
墨で輪郭とか黒い個所描いてから、油絵の具で彩色(主に顔部分)。sew309
3時間ほどで完成。乾燥したらニス塗ってトイレを守ってもらおう。sew310平面じゃないのも面白いな。

 

 

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