カテゴリー別アーカイブ: 仏教・宗教

『2018.01.22 聴聞。』

糞坊主の説法など退屈なだけだが「仏教は聴聞に極まる」などと言う。
もし「聴聞」が、坊主の説法を黙って聴けという事なら、それは思考停止の教義の押し付け。つまりは洗脳でしかないから逃げるが勝ちだ。

これは多分説法の事ではなくて、座禅とかしてると聞こえてくる、自然が奏でる色んな音の事だと思う。ことに雨や雪や霧や靄などしっとり湿気てる音は、柔らかくて全身に心地いい。じっくり聴いていると体の各部のいろんな感覚がゆっくり開いてきて、毛穴を通じて外と同化するようななんかそんな感じになってくるやつだ。

 

 

『2017.12.29 森の神様。』

台所には三宝荒神、トイレには烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)どこにも神様がいてはるのだが、日本を覆う山や森にもその土地土地の神様がいる。時々自然に入るとぼんやり感じるんだけど、それは西洋の妖精みたいに小さく可愛かったりブロッケン現象みたいに巨大だったりとりとめない。でも存在は、してはる。

 

『清児(せちご)の湯。』

銭湯なのに天然温泉で露天とか泡風呂とかあるのに440円ですごいお得感。
この「ゆ」の電飾がステキ。最近下の方が消えてて残念だけどバリイさんも赤く染まる。

清児とは、僧行基が観音菩薩を求めてこの地を訪れた時に、道案内してくれたり餅くれたりした子供たちに「何と清らかな児らよ」と言うたのが起源とか。名前としては「せいじ」とも読むようで親しみ。

この辺いろいろスーパー銭湯あれども、結局はここに落ち着く。ちょっとだけ貧乏くさいところが肌に合ういい風呂屋。

 

『健康だったためしがない。』

the-seiji-pen-and-ink-drawing-fish2生老病死一切皆苦、人間生きてる事は苦そのもの。仏教的にはこの生きてる苦しみから逃れるために修業するか仏にすがるかしろという事なんだけど、確かに人生は苦痛で満ちている。

どこも悪くないすばらしい健康と、どの部位もぴちぴちツヤツヤの美しさと、どこまでも走り続ける体力と、何もかも即決判断できる明晰な頭脳なんてものは、持てたとしても一生の中の一瞬だけで、残りの人生は、ままならない病気と、衰えていく美と、動かない体と、回らない頭を抱えて騙し騙し生きていく事になる。

持病とか別にないんだが、ちょっと湿疹とかできただけで暗い気分になってしまう。ほんとに今までの一生、厳密には病気でなかったことが無いからな。ほとほと人間とは生きにくい生物だ。

 

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『烏枢沙摩明王(うすさまみんにょう) かまぼこ型に油絵具で描く。』

何かが入ってたかまぼこ型の容器に粘土を詰めて乾燥させて、上にガーゼ貼る。sew307
その上にまた粘土を刷り込んでから、下地にまた方解末メディウムで溶いたやつ塗る。sew308
墨で輪郭とか黒い個所描いてから、油絵の具で彩色(主に顔部分)。sew309
3時間ほどで完成。乾燥したらニス塗ってトイレを守ってもらおう。sew310平面じゃないのも面白いな。

 

 

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『今日の油絵~不堕悪趣。』

「いったい親父は極楽に往けるんかな」などと考えつつぼーっとネット見てたら「彼女のうんこを食べてしまった」ってタイトルに爆笑して何もかもどうでもよくなったので、小さい油絵を描く。sew303 sew305『不堕悪趣』ってのは、「悪い趣味に陥るな」という意味ではなくて「地獄に落ちない」という意味です。

 

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『車通勤という大量殺戮。』

THE SEIJI Pen-and-ink drawing Plantこの時期から虫がワラワラ出てくるわけだが、例えばアシダカグモ(でかくて走るゴキブリ食う奴)やタカラダニ(赤くて小さくてこの時期ウジャジャいる奴)は殺す必要がない。害がないからだ。蚊すらまだこの時期はおとなしいから別にいてもいい。ただゲジゲジ、ムカデ、スズメバチなんかは実害甚だしいので殺してしまわねばならない。できるだけ無用な殺生はしたくないのだが背に腹は代えられないので御座います、ああ南無阿弥陀仏。

とか聖人ぶっても車やバイクに乗れば誘蛾灯が80キロで走ってるわけで夥しい無害な羽虫達がヘッドライトにぶち当たって潰れ死ぬる半端ない殺生大量殺戮となる。まぁ虫を踏まないように外にも出ない雨安居(うあんご)してる坊さんでもない限り我々凡人は日々是無用の殺生だらけですな、ああ南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

 

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