「本」カテゴリーアーカイブ

『2019.11.25 方丈記。』

大火事、台風、遷都、飢饉、流行り病、大地震と、鎌倉時代の平安京は平安どころかコテンパンにやられてる。そんな中で出世から外れた鴨長明さんが世の無常を感じてど田舎に遁世し狭い方丈に住みこの世の嘆きと諦観を綴った『方丈記』。本は数多(あまた)あれども結局はこの本が一番落ち着く。
この本に帰ってきたら、虚飾と幻の上に立っている今の世の危うさに改めて気がついて、いつでもすべてを失う可能性があるから執着しすぎないようにと背筋がシャンとする。 早晩大地震など天災は必ずやってくる。大事な人との別れも必ず来る。その時多分この本に大いに救われることだろう。鴨長明という人も幾多の問題に即答せずそのまま抱えて我慢した人だと思う。かと言ってずっと悲嘆に暮れているかというと全然そんなことはない。昼寝して音楽に親しみ子供と遊んできれいな景色見て喜んでいる。本当の人生の楽しみを知っていたのだ。 俺も58歳、気がつけば彼が『方丈記』を書いた歳になったことだなぁ。

 

『2019.11.24 絵日記 人生はポジティブ思考では乗り越えられない。』

「ポジティブ思考」ってのがどうも嘘くさくて嫌いだ。

人生は辛くて悲しくて解決できない問題が山積しているので、実はポジティブ思考のような単純な方法では全然歯が立たない。解決できたと思ってる人は自分で自分をごまかしているだけで実際は何も変わっていない。そもそも解決などできるわけがないのが人生だ。
だから問題を問題のままじっと抱え続ける能力こそが人生をやり過ごす手段である。

てなことが『ネガティブ・ケイパビリティ』(帚木蓬生)朝日新聞出版 って本に書いてあった。

昔浅田彰の『逃走論』を読んだ時のスカッとした気分と同じものを感じた。あれも「問題に立ち向かえ」とか「逃げ出すな」とか「負けたら悔しい」とか、そんなつまらない価値観から自由にしてくれた。

解決不能な問題をそのまま抱えてよろよろ逃げ回って終には野垂れ死のうではないか。

 

『2019.09.15 ちょっと秋めく。』


ちょっと秋めいてきたら通勤が気持ちいいのだが事務所に着くと寝ても寝ても眠い。新しい仕事が遅々として進まないし本が読みたくなるからますますやばい。兄に借りて檀一雄読んでみた。これ涙なしでは読めないではないか。

 

『2019.06.18 絵日記 やる気が起こらない時は読書。』

なんだか一仕事終わって気が抜けてました。

やる気が起こらない時は、本読むか、掃除するかしかない。そして大食いしないこと。

『活きる』余華 映画のDVDも観たけど本とは全然違う。それなりにいいけどやっぱり本の方が圧倒的に泣かせるし面白い。
『阿Q正伝』魯迅 もっと現代中国の小説が紹介されていいと思う。
『悲しいだけ欣求浄土』藤枝静男 兄に借りて。これこそ何も起こらないけど上質な小説。
『朗読者』ベルンハルト シュリンク ドイツの作家。これも映画になってるらしい。

映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』0点 鼻くそみたいな映画やったな~も~ホンマにあかんわこれ~助けて~。

 

『2018.08.10 絵日記 『ある島の可能性』(ミシェル・ウェルベック)。』

俺の読書量は驚くほど少ないのだけど、本の山の中で暮らしてる兄に勧められて読んだ一冊が秀逸だった。『ある島の可能性』(ミシェル・ウェルベック)。

「マンコがあるということ自体がすでに天の恵みなのだ。」
「どんな人生もその晩年は多かれ少なかれ「あと片付け」のようなものだ。」
「とまあこんなふうにして僕は新たな泥沼へと足をつっこんだ。」
「若い肉体はこの世界が生み出してきたものの中で唯一魅力的な存在であり、それを利用できるのは若者だけだ。」

不老不死を扱ったSFなんだけど、初老の俺にはいちいち突き刺さる言葉が並んでいる。こんな箴言だらけの(しかも平易な)文章で小説を仕上げるのにはびっくりだが、全体の構成力もテーマも唸るものがあって暫く影響から抜けれそうにない。
人間とはホトホト救いがたい生物ですな。

 

『小説と絵、どっちが楽か?』

兄が小説書いてるので時々話題になる。例えば文字なら「空から見る大阪の街はジオラマの様だ。」で済むところを、絵で描くとなると大阪中のビルをジオラマの様に克明に描かねばならないから大変な労力を要する。だから小説の方がはるかに楽だと兄は言う。

しかし逆に「美人」を表現するのは絵の方が楽かもしれない。「美人」を言うのに単に「彼女は美人だ。」では何も伝わらないからだ。ちなみに文才のない俺が美人を表現すると「10人中9人は股間がビンビンになりそうなとびっきりのいい女」とかになって身も蓋もない。美人の絵を描いた方が何百倍も楽ちんだ。

ちなみに天才泉鏡花先生にかかると、美人とは
「その年紀(としごろ)は二十三、四、姿はしいて満開の花の色を洗いて、清楚たる葉桜の緑浅し。色白く、鼻筋通り、眉に力みありて、眼色(めざし)にいくぶんのすごみを帯び、見るだに涼しき美人なり。」とかになる。

ここまでくると、絵で見るより文字で読んだ方が想像力が刺激されて美人の格が上がるというものだ。小説が楽、絵が楽とか言ってる時点でレベル低すぎる。

 

『明治3年銘 旧20圓金貨 購入しました。』

この金貨ずっと欲しくて探してたのですが、なにせ高い。5百万~6百万が相場です。もちろん本物は手が出ないし、金鍍金レプリカでも5千円くらいするので諦めていたんですが、
本屋で190円で手に入れました。この『日本の貨幣』シリーズ、最初の190円の特別価格のおまけに大人気の20円金貨をもってきたのは出版社的に良かったのか悪かったのか、俺的には大変ありがたいのですが他の貨幣には興味無いのでこの先の購入はないでしょう、すいません。
出来は、なかなかいいです。金鍍金ではないので色はいまいちですが、重さと造形がいい。左は本物の1円銀貨ですが、レプリカ金貨の方が摩耗してない分豪華な感じがします。 結局500万出して本物買ったとしても、摩耗指紋による劣化が心配で手に取るのも憚られるし、盗難紛失様々な憂いが押し寄せて所有を楽しむどころではない。つまりこの190円金貨で十分なのだという完全な負け惜しみ。でもジワジワうれしい。

 

『鞄が糞重い。』

どこでも思い立った時に、スーパー銭湯に行ける石鹸シャンプー類(もちろん小分けにしている)いつでも喫茶店にしけこみ書き物をするためのノートと筆記具と本(もちろん軽い文庫本)財布や非常用ライト、携帯充電具・・・でかいノートパソコンなど全然入ってないのに何なのこの重さ。その上今回みたいに画集とかが加わると、もう一歩も動きたくなくなる。馬鹿にしてたのだが、そろそろコロコロを考えないといかんな。THE SEIJI Pen-and-ink drawing Bag

 

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