月別アーカイブ: 2018年3月

『春の通勤ツーリングセロー。』

春めいてきたので、ここんとこずっとセロー通勤。
花粉を避けるか桜を取るか、当然桜だ。
月末の締切ストレスを溶かしてくれる花見通勤。
通勤距離は片道50キロだけど、家の周辺が一番桜の名所かも。
朝日と桜と通勤グセロー。
バイク通勤の気持ちよさをどう伝えればよいか。
ある程度走ったら、季節の匂いとか光の具合とか風の強さとかが完全に自分と同期して、風景と一体になる至福の瞬間が訪れる。 60キロくらいの巡航がいい。スピードとか加速に酔いしれてた若い頃とは全然違う乗り方、これもセローがあってこそやな。

 

『2018.03.26 絵日記 春の女王蜂。』

たった独りで越冬して、ようやく目覚めてご苦労さんだが、今力なく飛んでる蜂は全部女王蜂らしいので見つけ次第抹殺させてもらう。毎年蜂の襲撃にあう田舎の事務所なので、これから大いに栄えようという矢先だけど致し方なし南無阿弥陀仏だ。まぁこれ自衛というか転ばぬ先の杖というか、皆自分の身は守らねばならぬわけだから。

しかし同じ身を守ると言っても今日の国会の保身野郎はひどかった。佐川元国税庁長官の証人喚問。国民に何か一言あるだろうと思って聞いてたら結局何もなく、保身とそれに関わる現政権の顔色しか見えていない人のようで、公僕としての自覚は全くないみたいだった。

何より「ひとり悪者になって現政権を死守する俺、かっこいい。」ってのが随所に見えて気持ち悪かった。自分に損になることはしない人だからどうせ何か補償してもらってんだろと勘ぐりそうになる。

まだスズメバチの方が人生潔いわ。

 

『2018.03.26 絵日記 頑張れOLさん。』

この季節になると新入社員さんの姿がチラホラと増えてきてOL好きな俺は嬉しい。弾けるバディを無理やり制服に詰め込まれてる感がなかなかそそります。女子大生の制服も桜がよく似合って華やかでございますな(キモ糞爺談)。

まぁ現実のOLさんというのはそれはまぁ色々いてはってエロ漫画のような訳にはいかないのですが、中にはそれはそれは素晴らしい人もいてはります。そんな美人OLさんが、パワハラ・セクハラ・薄給・腰・冷え・むくみ等々様々な敵と戦っている姿がこれまたそそるわけです。

しかし一番の敵は、やはり「老化による劣化」で、この敵にやられ始めると、俺のようなOLさん大好き爺にすら見放されるという悲しい末路を辿ることになります。

その上まだまだ老化とは無縁な2年目3年目でさえ、毎年入ってくるフレッシュマンの前に急激に色褪せて見えるという現象もあります。これが毎年毎年輪をかけて増幅されていくのですから、現役OLさんの恐怖はいかばかりでございましょうや。

見事出世街道驀進するか玉の輿GETか、いずれにいたしましてもOLさんには頑張って欲しいものです。

 

『2018.03.23 絵日記 お気楽に楽しく手早く描こう。』

仕事でもなく発表するあてもなくただの落書きにも関わらずムクムク湧いてくる「ここはもうちょっとキチンと描いておかないと」という意識。これは誰に対してというよりも自分で自分に最低限超えねばならない基準値を設定してるからであって、絵かきに限らず自己に厳しい日本人は大抵このような現象に陥っている。

でもあんまりきっちり描きすぎると、「ただ誰からもご批判を受けない」だけの、つまらない物になってしまう恐れがあるので要注意。

「顔は好きだからきっちり描くけど、あとはぶっちゃけめんどくさいんだよね~」みたいな欲望に正直な作品の方が魅力的な事が多い。端っこまでギッチギチに描き込んでるアングルやダヴィットは観てて飽きてくるけど、ドラクロアからこっち印象派の諸先生方などは、描き殴り描きっぱなしの中に観るべきところが多くて楽しい。きっちり描きこめば良くなるとは限らないからだ。

それと、早く描くということも意外と大切。考えるより早く矢継ぎ早に作品を生産した早描きピカソの天才とは、一気呵成そのものの中にあるような気がする。

ま、いずれにしましてもですね、お気楽に楽しく手早く描こうということです。

 

『2018.03.22 絵日記 地軸傾いててよかった。』

色々調べてると全く奇跡の星だな地球は。ちょっといろんな条件が揃いすぎてるような気がするから、何かの意志が働いてこんな事になってるのかと思いたくなる。

ただ近隣に同じような星全然ないから生命ウジャウジャいるけどめっちゃ孤独な星の様だ。いずれにしましてもですね(安倍ちゃん風)軸傾いてるから季節とか天気とかバライティに富んでて、よかったよかった。

 

『2018.03.21 絵日記 女の人の絵。』

小さい絵だと1ミリどころか0.2ミリ位の差で表情が変わる。楽しいのでどんどんいじってしまうけどいじりすぎるとたいてい失敗する。背景や小物もその子の感情を比喩的に表現する目的があるので、やみくもに頓珍漢な物を置くと失敗する。特に写真写せばいいやみたいに安易なことしてると必ず失敗する。そしてたいてい一つの作品を長く描いてると失敗することが多い。

ただきっちり描きすぎるのもだめで、どこか破綻してるところや手抜きなところがないと作品として面白くなくなってしまう、という不思議。

 

『趣味の油絵 百均額に合わせて描く 「小さい家」完成。』

完成『小さい家』

フォルモ(上等な紙粘土)で家を作る。
立体下手くそ。
乾燥したら削って形を整えて、針金通して額に固定。
何となくフォルモの色が額にマッチしてたので彩色はしなかった。
あ、年金定期便。
百均の額とはいえ、奥行きがあるので影ができてちょっと面白い。

暗いとこでも雰囲気ある。
ところでこの白い下地何なのかな?油絵の具の下地としてとっても良かったぞ。

 

『2018.03.17 絵日記 若かりし魅力一転、醜怪に。』

若い頃は「アバタもエクボ」だったそのちょっとかわいいチャームポイントが、歳を重ねるに連れてどんどん変容しある時一転醜さに変わるってのはよくあることだ。
まさにエクボとか、左右で違う目の形とか、目の下の隈とか、口の歪みとか、アヒル口とか、そばかすとか、何となく魅力的に写ってた特徴が老化と共に突然変容する。

このおばちゃんも若い頃はいい感じだった特徴が全て裏目に出た典型で、まぁ意固地な内面が滲み出て一層醜怪さを増してるというのはあるかもしれないけど、かくも旬を過ぎるというのは残酷なものなり。

でもそれ故にこういう老人達のキャラ立ちは凄まじく、好き。