月別アーカイブ: 2018年8月

『2018.08.30 絵日記 人生の隙間は埋めなくてもいい。』

タバコを止めて、ん?何年? 3~4年経ってるのだけど、最近漸(ようや)く何もしないでじっとしてる事ができるようになった。タバコを吸ってる時は、何もしてない時間すなわちタバコを吸ってる時間だったので、じっと何もせず止まってることがなかったのだ。

止めた当初、吸ってた5分間に一体何をしたらいいのか全然分からず、キョロキョロしたり肩や首を回したり独り言をつぶやいたり、喫茶店の禁煙室で一体みんな何をして時間を潰しているのかと真剣に観察したりと、とにかく落ち着かなかった。

大阪人は特にイラチが多くて「人生に隙間作ったらあきまへんで~」という感じでアクセクしてるタイプが多いので、何もしない時間に意味もなく焦ってたのかもしれない。

蚊はほとんどの時間じっとしてスキを伺ってるのだと何かの宣伝で言ってたけど、蚊のみならず大抵の虫はず~っとじっとしたまま、虫のみならず動物もナマケモノを筆頭に食事の時間以外じっとしてるし、生物というのはそんなにセコセコ四六時中動いているわけでもなさそうだ。

そういえばヨーロッパの人特に老人は、日がな何をするでもなくじっとしてるような気がするし、人生の隙間は隙間のまま空けておいてもいいみたいだな。

 

『2018.08.26 絵日記 寝かせの効用~時間に仕事させる。』

食べ物を冷蔵庫で寝かせることがある。マリネは冷蔵庫で一晩寝かせると味が馴染んで美味しくなるし、カレーもそうだ。

こないだyoutubeを観てたら、鉛筆画の上手いおじいさんがいて「鉛筆画も何日か寝かせると、紙に馴染んでしっとりする」みたいなことを言っててなるほどと思った。油絵もちょっと描いて寝かせておくとギラツキが消えてしんなりしすると同時に固着力が上がるが、同じように鉛筆も紙といい関係になるまで少し時間がいるようだ。

確かに鉛筆は描き終えた時は何となく粉っぽいので、俺の場合はフィキサチーフをかけて保護と同時にしっとり感を出すようにしているのだが、ゆっくり寝かせる方が、プロセスとしては美しい。このおじいさんは一枚一ヶ月くらいかけるようで頭下がりました。

そういえば元永定正が「たらしこみの作品は、キャンバスに絵の具を流し込んでそのままほったらかして飲みに行って、帰ってきたらええのができとるんや。」と言ってたな。

何も手を加えずただ待つ「寝かせ」というのは、時間に仕事をさせるということで、描きすぎない効果もあるし、結構重要な工程だと最近思ってる。

 

『2018.08.25 絵日記 暑い日はマリネ。』

久々駅まで歩く。油断してたら体の水分あっという間に沸きそうだ。
なんかもう謝るしかない暑さ。
地元は葡萄のビニールハウスで暑さ三倍増し。
植物もどうしていいのか分からなそう。
水だけが救い。
この天気に赤いものは見たくない。
でも赤いパプリカでマリネ作る。
酢と香草でちょっと元気出るし冷たくて美味しい。

 

『2018.08.23 絵日記 腹が減ってからちょっとだけ食べると仕事が捗る。』

トイレに置いてある観葉植物の水やりを暫(しばら)く忘れてて、ああもうだめだろうと見てみると全然元気で青々としてる。ならそのままほっとこうと、この暑い中2ヶ月ほど水をやらなかった。にもかかわらず依然青々としたまま元気でいる。

どうやら植物の方で「この人は水をくれないから、空気中から水分を摂るようにしよう」と決めたようだ。つまり生物とはちょっときつい環境にしてやると自分でなんとか頑張るものらしい。

この時期、暑いから精をつけようとあれやこれや喰い過ぎて、それでも次の飯が来るとまた喰ってしまい、常に腹一杯でだるいし眠いしやる気ないしでゴロゴロしてはいませんでしょうかそこのあなたと私。つまり水をやりすぎた植物のように根腐れ状態になっているのだ。

これではいけないと観葉植物に見習って、腹が減りきるまで何も食わないことにした。そして腹が減ったら、まるで植物が空気中から水分を摂るようにちょっとだけ納豆とか玉子とか入れるようにした。すると結構仕事が捗ることが判明しました。

やっぱり飽食満腹は何もいいことがないな。

 

『2018.08.19 絵日記 勝たなあかんのか?。』

学生時代一応バレー部に在籍してたのだが、元来勝ち負けに執着がないので「何が何でも勝つ」というスポ根的気迫が全く湧かず練習する意味すら分からずにもっぱら宴会芸を担当するだけに終わった。

考えてみれば「負けで悔しい」とか「一番を目指す」とか全然ないので、学業もスポーツも絵もそういうモチベーションでしたことがない。ただ興味があることを気が向いたときだけ突っつくだけでその時自分が楽しければそれでよくて、勝つとか負けるとか意味がわからない。

たとえ人に勝つっても上には上がいるわけでこんな狭い世界で一番になったところで明らかに自己満足なだけだし、戦う前からもう完全に白けている。それに人混みが嫌いなので人を押しのけてまで何かをしたくない。正月にやってる「福男」目指して男たちがかけっこしてるやつなど見てるだけで疲れるし、人が競い合ってるところからはできるだけ遠ざかりたい。

高校野球とかサッカーワールドカップとかオリンピックとか、ただ「負けたくない」という一念でどど汗かいて頑張ってるアスリート達は、自分とあまりにも違いすぎていて、まるでローマのコロッセオで戦わされてる剣闘士を見るような目で見てしまう。それだけに「すげえ」とは思うんだけど、正直「よおやるわ」という感想のほうが強い。いずれにしても完全な傍観者として楽しむだけにしたい。

考えてみれば「人を押しのけてでも勝ちたい」というのは「執着」とか「煩悩」そのもので仏教的にみたら全然推奨されるものではない。「布施」の心では「さあさあどうぞお先にゴールなさってください」と言うべきなのだ。

この先東京オリンピックが近づくにつれまた「何が何でも金メダル」みたいな風潮になっていくんだろうけど、一億総「勝利至上主義」って決めつけた報道とか今からゲンナリする。

最近のスポーツ界の不祥事もそもそもの端緒はこの「勝利至上主義」で、あのボクシングの会長とかアメフトの監督とか、ただ眼の前の敵を食う事以外考えたこともなさそうだ。

金メダル取った事より取れなかった不幸を詮索するような報道もそういう流れを助長してるし、日本人の真面目さとも相まってなんだか日本のスポーツ界は全体的に息苦しい。スポーツといえども「勝つ」事以外の価値観も当然ある。

プレッシャーと緊張でガチガチになってる日本人選手より、勝ち目まったくないのに開会式でめっちゃ上機嫌ではしゃぎ踊り狂ってるアフリカ選手とかの方がはるかに幸せそうだ。

 

『2018.08.18 絵日記 幸せと不幸はワンセット。』

毎日ステーキ食ってたらありがたみがなくなる様に、ずっと幸せなら幸せと感じられない。つまり幸せとは不幸がないと成立しない概念なのだ。幸せと不幸は必ずセットである。

だからいま不幸な人には必ずセットである幸せが来る、そして不幸の度合いが大きいほどセットである幸せレベルも上がるはずなので、近い将来やってくる幸せに大いに期待していい。

逆に今幸せな人は現状幸せなので次の幸せはそれほど大きくなくていい。それよりもセットである不幸の度合いが上がらないよう留意すべきで、そのために生活万端警戒注意怠りなく、リスクを取って無茶なことしたりしないことだ。

 

『2018.08.17 長電話落書き。』

長電話ではだいたい落書き。女性との話はえてして長くなってしまいがちだ。まぁ母なんですけどね。

しかしおっさんと話するより母といえども女性と話すほうが遥かに楽しい。嫁の母や近所のおばあさんともずっと話できる。

内容は、野菜が高いだの、かぼちゃの皮が硬いだの、食欲がないだの、蜂の巣ができた等々、とりとめないことばかり。どうやら俺はここに来て完全におばはんになってしまったようだな。

 

『2018.08.15 絵日記 いかにも楽しそうなふり。』

これ、成功例なかなか見たことない。芸能人でも失敗多い。
TVでピースとかしてる時点で見るのしんどい。

逆に日々淡々と職務をこなしているパン屋さんとか職人さんお坊さんのブログが見事に楽しそうだったりするので、本当に楽しんでる人ははしゃがないんだと思う。

 

『2018.08.14 絵日記 三陸おのやの魚。』

【魚】
夏バテするので、魚と玉子と納豆と酢くらいは頑張って摂ってる。魚を毎日摂るのは大変なので、なべさん煮干しとか鰹節を削ってたのだが、三陸おのやのレトルトパックの魚を母が大量にくれたのでここんとこ不自由してない、まぁまぁ美味いので喰い過ぎて腹出る怖れあり。

【襟巻き】
それより問題は、冷房だ。冷房なしの生活は考えられないので始終つけているのだが冷えによる首肩の凝りと頭痛がひどくなってきたので、襟巻きが欠かせなくなってきた。このクソ暑い中ネッグウォーマーとかするとは思わなかったがやっぱり首を過度に冷やさないとかなりましだ。熱くても寒くても肩は凝るのだが、温かい夏に冷房で冷やして肩凝ってるって、やっぱりバカみたいだからな。

【どうせ鍛えるなら】
とか偉そうに書いてたが、結果頑張りすぎたようでここ2日ほどぐったりしてました。体力無いわ。運動も食事も適度なところでバランス取らないと元の木阿弥やな。