月別アーカイブ: 2018年9月

『2018.09.28 また来る大型台風の前に。』

秋のプチツー。
河内長野から橋本に抜けて、
和歌山の紀の川に。 空スコーン抜けて気持ちいい。
24号線はつまらないので、1本川沿いを走る。 暑くもなく寒くもなく絶好のツーリング日和。こんなのは年に数回しかないわ。
こんな道はせいぜい50キロ位でトコトコ行くのがいい。ビッグバイクやアメリカンではあんまり楽しめない道こそセローの真骨頂。この先めっちゃ細かった。
一時生産中止だったセロー、今年新型が出ましたね。排ガス規制に対応しつつ出力アップして20psになったようです、すげぇ。俺はしばらくはこいつです。
いい温泉を見つけたので入る。八風温泉、源泉かけ流しの湯がいい気持ちでした。古民家の古材を再利用した建物も雰囲気あって成功してる。
和泉山脈の地殻変動の後を眺めつつ犬鳴き越え。
前にこの道を通った時は、食中毒で着くなり病院点滴でしたな、今日は健康。
台風に備えてバイクを事務所に上げる。これもセローだから簡単にできるがハーレーではきついな。
キャップからガソリンが気化しないようにサランラップ巻きして台風準備完了。

 

『2018.09.26 絵日記 品のある人は気取らない。』

声が大きくない 歩き方がきれい 頬張って食べない 物を投げない 叩かない やたら肌を見せない 靴をキチンを揃える 食べたまま喋らない 満腹まで食わない 語彙が多い 口紅が赤すぎない

こんな人が品があるといいますが、これらすべてをクリアしてても気取ってる人には全く品を感じない。高級住宅街の奥様とかによくある、自分がワンランク上だという傲慢が滲み出してるタイプの人だ。行きつけのレストランのシェフ自慢とか、休みに行った高級リゾート自慢とか、旦那の出世自慢とか、セレブ自慢は下品の極みだと思う。ちょっと高い昼のランチに行くと必ずこの集団に遭遇するの勘弁してほしい。

本当の品とは、まずもって謙虚さからざますわよ。

 

『2018.09.24 絵日記 人生とは自分が好きなものを日々見つけていく作業である。』

と、思うわけです。

よく女の子が「私〇〇大好き~」とかカワイコぶってるけど、ほとんどの場合心から好きだから言ってるわけではなくて「かわいい~って言ってる私かわいいでしょ?」とか「これ大好きな私おしゃれでしょ?」とか、自分がどう見えるか計算した上での「好き」であって、別にそれそのものは全然好きも何でも無い場合が多い。

そんな偽りの「好き」ではなくて、本当に無人島に独りでいても好きだと言える物を見つける、それが貝殻でもコルク栓でも石ころでも流木でもいいから、ああ本当にこれかわいいと思うものを日々集めていく事。実際にコレクションしろというのではなく意識するだけでいい。最近はスマホのカメラ機能がいいので写真を撮っておくのもいいし、俺はPinterestを使ってる。

これを続けていると、ふとした時に「私はルイビトンのバックより、トートバックの方が好きだった。」と気付くことがある。人にひけらかすものではなくて自分が幸せになるもの見つけること、これが幸福な人生の第一歩になる。

一度これに気がつけば、値段とかブランドとか評価とか関係なく「自分基準」で本当に好きな物を選択ができるようになって、その対象は物に限らず本や音楽や芸術や思想や仕事とあらゆるものに敷衍されてついには人生を覆い尽くす事になる。これが幸福な人生そのものになると思う。

こんな事当たり前だと言うなかれ。「自分は本当は何が好きなのか。」を人は意外と突き詰めて追求しない。流行に流されたり、健康にいいとそそのかされたり、好きな芸能人が着てるからとか言った理由で好きな気になってるだけで、それに見栄で買ったものを加えたら、今狭い家を占領している山積みの不要なモノ達になる。

最近の断捨離ブームは、いかに自分が好きでもなかった物を買い込んで「本当に好きなもの」を探求していなかったかを物語っている。実は好きなものを特定するのは時間もかかるしちゃんと吟味せねばならないし結構手間がかかる。それが面倒だからついいい加減でほったらかしてしまうというわけだ。

好きなものに囲まれて、好きな仕事や好きな趣味に熱中して幸福でないわけがないので、いい人生を送るには、本当に自分が好きなものを小さい物から見つけるのが一番の近道、あれこれ探求する日々で、最近はダンボールが好きです。

 

『2018.09.21 絵日記 陰翳礼讃と4Kテレビ。』

歳のせいもあるが、やっぱり谷崎の『陰翳礼讃』だ。電灯が灯る前の日本の陰影の文化を讃えてるわけだが、物がはっきり見えすぎることへの抵抗というか白けてしまう感情というのがどうにも日本人にはあるようだ。

で、4K8Kのテレビである。これからまたオリンピックに向けて間違いなく普及する。我が家でも御多分に漏れずいい頃合いに寿命が来ているハイビジョンの買い替えを検討しているのだが・・・。

いやもう見えすぎだろこれ。あまりの解像度にその被写体モデルは「人間離れした抜けるように白くてきめ細かな肌を持つ女の人や子供」に限らざるを得ないだろ。それ以外の老人やおっさん、シミとかニキビとか肌荒れとか抱えた女の人も全部アウトだし、そもそも全然見たくないのに強制的にブツブツを見せられる意味がわからない。

エロ動画ですら尻のデンボがアップされた時点で興醒め甚だしいし、ほとんどの被写体モデルが見るに耐えないものになることは間違いない。せせらぎや自然の風景ならいいのだが人間は一考の余地ありだ。今からもうおぞましいので、テレビの進化の方向は解像度合戦じゃなくて、谷崎の思想を加味する必要があると思います。

 

『2018.09.19 絵日記 中間色の灰色をあらかじめ塗っておく事。』

高校時代、受験予備校の総合美術研究所という所に通ってた事がある(通ってたと言っても親友とサボってほぼ行かなかったのだが)。そこの先生でもう数年前に亡くなられた竹中氏が「デッサンする時はファンデーションというて、灰色を先に塗っておくんや。」と言ってが、確かに真っ白な紙より中間トーンが塗ってある方が調子が格段に取りやすかった。従ってルネサンスの画家達があらかじめ灰色を塗った紙に黒チョークと白チョークでデッサンしてるのは大変理に適ってる訳で、すでにできている中間トーンを基準に暗部と明部を追いかけていけば自ずと絵は完成していく。

というわけで最近は薄い墨汁を塗ってから描くようにしている。ただ白を使ったハイライト起こしは目剥くようで好きじゃない。白を使わかなかったら強い立体感は出ないんだけど銅版画のような趣が出るしこっちの方が日本的で性に合ってます。

 

『2018.09.17 念願の屋根修理。』

出てくる黴を拭いたりして対処してるが、今度大雨があったら腐って落ちてきそうな天井。
屋根とはつまり、骨格(棟木や垂木)の上に板を並べてその上に瓦を置くという、めっちゃ単純な構造。
天井はがすとお星様。これが穴です。
高所恐怖症と言っても過言ではないので、脚立を登って屋根に上るのすごく怖い。
まぁでも登ってしまえばいい気持ち。
そこここでブルーシートが散見される。
こんな風に瓦が無くなったり、ずれたりしてる。この下はもろに天井板なので、これは雨漏りするはずだ。 うちの瓦はセメント瓦で、デメリット多すぎて今ではほぼ使われてない。乗るだけで割れたりするので慎重に。
シートが破けないように、防水テープで瓦ドメの針金を養生。
ブルーシートをかけてこれまた防水テープで留める。

その上にバラスを詰めた土嚢を渡す。
土嚢袋が滑らないのがセメント瓦の唯一の利点。
完成しました~。作業自体は単純だが高所作業なので油断ならぬ。兄夫婦に手伝ってもらった。この様な作業は最低3人でやらないと危ない。ついでに言えば長袖作業着、ゴム付き軍手、地下足袋等防備も怠りなく。最近では何にも増して達成感ありました。
これで少々の雨漏りには対応できる自信つく。あとは週末の雨でその成果乞うご期待。

 

『2018.09.17 絵日記 できたらゆっくり運転したい。』

温度が1~2℃しかない深海の水はほとんど流れがないのだが、それでもちょっとは動いていて「深海の水全部が更新されるのは 1000年ぐらいかかる」らしい。『深層流』というみたい。 時間の流れが異次元でロマンチックだ。

大阪は嫌いじゃないむしろ好きなのだが、「いらち」というのは少なからず当たっていると思う。地方に行くと(それがたとえ奈良和歌山滋賀兵庫でも)大阪よりは遥かにゆったり時間が流れてるように感じる。

こちらももう老人なので車の運転もゆっくり、できたら60kmくらいで流したいのだが大阪ではそうは問屋が卸さない。煽りとまではいかないまでも後続車からのプレッシャーは相当きついので仕方なく合わせていくのだが、一度その流れに乗ってしまうとこちらもアクセルを踏み続けることになり、気がつけばすっかり大阪運転になっているわけである。

せめて2車線あれば先に行ってもらうのだが、1車線では前との距離も縮めざるを得ない。一人だけ深層流で流れたくても、急流の中ではそうはいかないわけだ。どうにかならんかな。

 

『2018.09.17 絵日記 天井から瘴気が降りてくる。』

屋根の修理を前に屋根全体の構造が知りたくて天井に穴を開けたら、何やらそこから瘴気が漂いだして気分が悪くなった。

瘴気(しょうき)は、古代から19世紀まで、ある種の病気(現在は感染症に分類されるもの)を引き起こすと考えられた「悪い空気」。気体または霧のようなエアロゾル状物質と考えられた。瘴気で起こると考えられた代表的な病気はマラリアで、この名は古いイタリア語で「悪い空気」という意味の mal aria から来ている。(Wikipedia)

早く屋根を直して穴を塞がないと本当に病気になりそうだ。
雨漏りで落ちてくる水もまるで水出し珈琲のように木のエキスを抽出して真黄色で木酢液のようなツンとした刺激臭がする。これも体にいいとは思えない。

家とは全く「雨風凌ぐ」ものでその役目はとても大切だ。

 

『2018.09.15 絵日記 暑いのも熱いのも嫌い。』

夏嫌いだし、人が熱くなってるのも嫌い。サッカーの応援とかめっちゃ張り切ってる営業マンとかもう全然だめ。中でも祭りが一番ダメでこの季節のこの地域ではできるだけその関係者に遭遇しないように注意する。

宗教団体やセミナーで張り切りまくってる人の嘘くささ、もう鳥肌モノだ。

夏が行って日に日に涼しくなってくると漸(ようや)く人々も熱くなってたことが恥ずかしくなるのか、おとなしくなるようでうれしい。