「漫画家」タグアーカイブ

『趣味の油絵 「雲隠れ」F3号。』

10月くらいからチョビチョビ描いてたやつ、完成~。ジェッソの下地に墨で下描き。段々油絵の具で色を付けていった。真ん中の女の子は消えた。コマ割りに墨線だから、いかにも漫画家らしい作品。油絵的な空間表現も好きだけど線画主体の日本画的な絵もたまに描きたくなる。

 

『10歳かあさん 小路啓之 上梓されました。』

『10歳かあさん』

お待たせいたしました。小路君の新刊です。
THESEIJI も1Pもらって寄稿いたしました(↑ちらっと)
他多数の漫画家さんが小路君を偲んで原稿を寄せてます。
人気者だったからな。

是非お求めくださいませ。

 

『幸福な絵描き。』

どんな物でも描ける技量が欲しいものだと考えてた時期があったけど、今はそうは思わない。あらゆる画題をあらゆる画材で「それらしく」描ける人がたまにいるけど、結局そんな人は器用貧乏なまま何を描けばいいのか分からなくなって描くのをやめてしまうようだ。自分の技術に閉口しながらもずっと描きたいことを探り続けていけるのが幸福な絵描きなんだろうな。

 

『漫画家になるには その18 そらで描くという事。』

THE SEIJI pencil Observation2漫画を描くには資料をそろえることが大事だと言ったけど、実は資料に頼り過ぎたら大変な事になる。糞真面目に写真資料に忠実に描いていると、資料無しでちょっと別の角度から見た絵が途端に描けなくなってしまうからだ。資料はあくまで参考程度に、自分の頭の中で再構築してどんな角度から出も描けるようにしよう。

特に人物はポーズ集などの資料に頼り切って描いていると全然自分で動かせなくなってしまうから要注意だ。個人的には人物は資料を見るのが嫌いというか面倒くさいので、出来るだけ覚えてしまってそらで描く様にしてる。そらで描き出すと何より早く描けるのがいいし自由に動かせるから漫画が生きてくる。

細かい服の模様などは資料を見ればいいけど、例えば電車の中なんかでおっさんのズボンの皺の法則くらいは覚えられるので、日々世の中を観察する癖をつけておこう。ネットの画像検索は便利だけど著作権の問題が絡んでくるので要注意、やっぱり参考程度が無難だ。

最少は少しくらい幼稚な絵でも気にしないで、そらでどんどん描いていこう。

 

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『漫画家になるには その17 描く前のお膳立てが大切。』

THE SEIJI pencil Set the tableネームを考えるときもペン入れの時にも、いきなり描くのはちょっとまずい。描く前に色々準備が必要だ。机の上を片付ける、手元に適切に照明をあてる、紙を数える、インクを補充する、ティッシュや筆洗を準備する、手を洗う、爪を切る、いい音楽を選ぶ、そして何より資料を調べ手元に置いておく、そんな『お膳立て』が結構大事なのだ。

しかしこれがなかなか面倒くさい。例えばかつて出てきたキャラを再び登場させる時によく覚えていなくて過去の単行本から探し出す必要がある時とかまじで面倒くさい。下手をすると余りの面倒くささについついネットで気を紛らわせたりしていつまでたっても仕事にかかれない時がある。だれかこの様な下調べや資料調べやインク切れなどの『お膳立て』を全てしてくれて目に前にポンと出してくれたら、いくらでも仕事するのになと時々思う。

手塚治虫などはどこに何を描いたかすべて覚えてたらしいが凡人にはそうはいかないし、結局自分以外誰も描く準備などしてくれないので諦めて取り掛かるしかない。しかし意外に『お膳立て』をする事で、まるで書家が描く前に墨を磨って精神統一するように、描く気力が湧いてきたりするものだ。

 

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『漫画家になるには その16 浦沢直樹の「漫勉」。』

Pen-and-inkdrawing Goddess
浦沢直樹の「漫勉」
友人が進めるので観てみたらこれ面白い。初回は録画撮り忘れ。

●藤田和日郎
ざっとしたネームから、ホワイト片手にいきなりペン入れ、どんどんホワイト入れていくので原稿が立体的になっていってついにはひび割れたりしてた。その分確実に迫力は出てて、まるで油絵製作を見ている様だった。しかしずっとアシさんと喋りながら仕事しているのが信じられなかった。

●浅野にいお
知らない人だと思ったら『おやすみプンプン』の人だった。写真に合わせて人物を入れるのだな。いくら手描きで加筆しようとも個人的に写真の背景もデジタル加工も好きじゃないので、どうも馴染めなかったなぁ、上手い人なんだけど。

●さいとう・たかお
「目しか描いていない」じゃなくて「顔しか描いていない」ってのが事実の様だ、それも主人公だけ。しかしそんな事よりコピックの滲みがなんか悲しい、ペンで描いてほしいと思う。ただ、彼は手塚漫画を見て漫画家を志したらしいんだけど、その手塚がさいとうの劇画に影響されてるという、その功績は改めてすごいなと感じた。

このシリーズ、とても面白い。普段他の人の制作風景なんか分からないから刺激になるし、やっぱりみんな大変なのだなと安心する。それに今の浦沢直樹なら、下の人も上の人も知ってるし、とにかく話が旨いのでまさにピッタリの人選で、次回のシリーズも大いに楽しみだ。
まぁ強いて難をあげるとしたら、上手いんだろうけど漫画家が主題歌とか唄うの恥ずかしいなぁというのと、漫画家ってカッコいいって誤解されかねないなというところかな、漫画家などヤクザな商売で全然ダサいのに、大体においてこの浦沢直樹という男はカッコつけすぎやねんWWW。

で、この番組有難いけど、漫画家というのは表に出るべきではないなと思った次第。

 

 

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『サザエさん症候群は無いけど。』

THE SEIJI pencil Lightサザエさん症候群』 これ、学生の時とか会社員の時あったなぁ。サザエさん観ながら暗澹たる気持ちに襲われる奴な。シルバーウィークとかあったら、気持ちの再起動さぞや大変であろうと、カレンダー通りに働いておられる方お察し申し上げます。

俺は自由業になってからは、曜日によって気分が落ち込む事は全くなくなったけど、そんな事より盆も正月もGWも全然関係なくなって、あるのは『締切』だけになったわいや。
編集に一方的に締切を決められてこちらには全然自由がないのが自由業の本質である。

まぁでもそれほど嫌じゃないというか、締め切りでもない事には永遠に寝てるだろうと思われるので、逆に有難かったりするほどです。感謝。

 

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『漫画家になるには その15 ハッタリの技術。』

THE SEIJI pencil Tongueはっきり言って、漫画家や小説家は嘘つきだ。少なくとも嘘が上手でなければ読者を騙すことができない。そもそも専門家でもないのに適当な知識で野球漫画、料理漫画、金融漫画を描いているのだから少々の厚顔無恥の嘘ハッタリかます奴でないと、いちいち完全な整合性を求めていたら一コマだって進まない。

「1%の可能性でもあれば望みは叶う」というのはフィクションのいい所で、残りの99%のリスクは無視していい。現実では確実に死んでる場面でもタコ糸1本ぶら下がっていれば助かっていいのである。

しかしそこには上手なハッタリがいる。あまりに都合主義バレバレでは読者が白けてしまうからだ。どうしたら自然な嘘が付けるかは普段から練習しておくべきで、「昨日宇宙人に逢った」という話を友達に信じてもらえるくらいの技術は持とう。

「これ本当の話なんだけど、昨日ね・・・」ではどうしようもない。自分の腕をチューチュー吸ってキスマークを20個くらいつけておいて「おい、これなんだと思う?実はな・・・」くらいの演出はしなくてはならない。やはり最初の掴みが肝心なのである。

相手が信じてくれた時、自分がどのように話して、どんな目つき、身振り手振りをしていたか、また話の緩急の付け方などの演出は大いに漫画の参考になる。

漫画家はシナリオライターであり演出家であり役者であり、何より嘘つきでなくてはならない。つまるところ詐欺師であるべきなのだ。

 

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